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2012年11月19日 (月)

福島市、郡山市、ソ連なら強制移住レベルの汚染? チェルノブイリ報告

 11月17日(土)に、今年3回目の取材となる「チェルノブイリツアー」の報告会を開いた。3回現地を訪れたので、本来なら伝えるべきことは多いが、報告会では、直近の9月24日から10月4日までの取材範囲にとどめた。このブログの報告では、(1)汚染地から移住(2)低レベルの線量と食品汚染でも健康被害、の2点に絞る。

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チェルノブイリ原発3号炉・4号炉

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1号炉から2号炉へ移動する廊下の窓から

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写っている分の5~6倍は長い廊下をとおって2号機へ

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2号炉制御室。担当者によると、ここ10年で初めて外国人がここに入ったという。

(1)強制避難対象の廃村と郡山は同じ汚染度

 今回の旅では様々な人が行動をともにしたが、そのなかで生活クラブ連合会の槌田博・品質管理部長は、期間中200か所の測定をし記録してくれたので、そのデータを紹介する。

 東京都よりやや狭い面積が放射線管理区域として指定されて自由に出入りできない。この中のゴロゴード村を訪ねたが、空間線量は0・14~0・18マイクロシーベルト毎時(以下同)だった。

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ゴロゴード村の廃屋

 住民が全員強制移住させられて今も居住禁止の地区が、およそ25年前には福島県郡山市くらいの汚染度だったというのである。

「半減期30年のセシウム137の当初濃度は、現在の約倍の量があったと推計でき、更に半減期2年のセシウム134がセシウム137とほぼ同量あったと推計できることから、大雑把に言って今回の測定値の4倍の空間線量率の値を事故直後の値と推計することができる」と槌田氏は報告している。

 つまり26年前のゴロゴード村は、0・7マイクロシーベルト毎時くらいだったと推計できる。これを、福島原発事故3か月後の2011年6月25~26日に調査したものと比較するとこうだ。

 福島県飯館村北側から霊山  3・2~6・4  (原発となりの都市プリピャチ6に相当)

福島県川俣町 0・4~0・8(居住禁止・廃村のゴロゴードに相当)

福島県郡山市から栃木県矢板市0・4~0・8(同上)

 ソ連だったら、郡山市はもちろん、それより線量の高い福島市の住民も強制避難させられていた可能性が高い。だから、それほど危険な地域に多くの人が住んでいるとも言えるのだ。

 チェルノブイリツアー参加者の間から、しっかり状況を調査したうえで県内移住も検討する必要があるのではないかという意見も出たくらいだ。

(2)低線量、低食品汚染10ベクレル/kgでも健康被害

 取材チームはチェルノブイリ原発西方の第三級汚染地の村々や学校を訪ねて、生徒の健康調査と地元で食べている食材の検査をした。だいたい原発から西へ80から110キロぐらい離れた地域を行き来した。

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モジャリ村学校の出迎え

 モジャリ村というところの学校の先生に普段食べている食材を用意してもらい、それを現地の検査機関に提出した。その結果は、コケモモ24・7ベクレル/リットル、ライムギ10・0、牛乳4・7、ジャガイモ2・3、チーズ1・7・・・。

 比較的値が小さく不検出のものも多い。しかし検査担当者によると、当日調べなかったキノコ類は200から400くらいが通常地であると語る。

 さらに一般家庭に入るのではなく、野生の動植物を調査したものの最高値が非常に高い。たとえば、肉が15500ベクレル、キノコ76300、べりー5200、ハーブ4900、はちみつ3780・・。

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オブルチ市の検査施設

 この地域の大人も子供も5月末から6月にかけて聞き取りしたところ、とても多くの人が健康不良や重い病気を訴えていたし、今回のツアーで子供たちを集めてもらって聞いても身体の痛みなどを7割くらいの子が訴えていたのである。

 前述の野生のもの以外では極端に汚染が高い食材ではないし、線量も低くなっている(ただ、今回は土壌は測定していない)のに、健康被害が多いのはどういうことなのか?

(3)安全を求めて移住した先でも身体不調

 我々は、第三級汚染地を後にして、首都キエフの中心部から南東へ約60キロのコヴァリン村を訪ねた。ここは放射能管理区域で居住禁止のノーブイミール村から集団で移住した村である。

 ここでも、地元の食糧を集め、さらに住民と一緒に森にはいりキノコ狩りをして検査場にもっていった。

 キノコ類は143ベクレル(1リットル・kgあたり)~282ベクレル。その他は、ほとんど不検出であり、汚染度が低い。

 それなのに、ここの住民も健康状態がすぐれない。一つの理由は、かつて住んでいた村は、最初安全とされていたが、1992年に基準がかわって危険だということになり、急きょ千人の住民が集団移住させられたこと。つまり、6年間は汚染地に住み、自給自足で地元の食糧を食べ続けていたのである。

◇移住と食品基準の強化

 いろいろなものを見聞したが、11月17日(土)の報告会の一部を紹介した。私たちが思っているより少ない空間線量のところでもソ連は住人を苦し、日本政府は逃がさないどころか、戻そうとしている。

 さらに、低い汚染なのに多くの人が健康障害を負っていることを考えれば、日本の食品基準を早急に見直さないと危ないと思う。

 この二つのことを強く思った。

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集団移住した先のコヴァリン村で昼食

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コヴァリン村の朝。事故後6年間、住民は汚染地に住み、基準がかわったといって1992年に村ごと強制移住させられた。

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